サウナでゴリラとTumblr
あれから何事もなかったかのように戻りつつある世間。この現実に違和感を持たないことが私にはわかりません。楽観的な無関心が恐ろしいんです。
原発事故のレベルが7に引き上げられたときも、こちらに支援を向けてくれていた町や国が、台風や洪水に見舞われてしまった日も、猛暑の中、たくさんのボランティアの人たちが熱中症と闘いながら作業をしてくれていた時期も、この街のパチンコ屋さんの駐車場はいっぱいでした。そういうのを子供が見ているんです。
仮設住宅や高齢者福祉のこと、雇用、補償、医療、津波被害地の復旧、市長が人気ない、、、、。問題は山積みだけど、その当事者な人たちの無気力さが一番怖いと思っています。
1月17日 火曜日 晴れ
あれから17年、か。
「満月の夕」はもはや僕や中川敬のものではありません。聞いたことないけれど、きっと彼もそう思っているでしょう。作者にとっての最大の名誉とは、誰かによって、連綿と歌い継がれ、歌詞も変わり、作者不肖となって、歌だけが生き残る。そのようなことです。
今日もあちこちのメディアでいろんなバージョンが流れていた、と聞きました。
これは右翼と左翼とに通有した心構えである。左翼の華やかなりし頃は、総ての社会悪を資本主義の余弊に持っていったものだ。この左翼の理論と戦術を拒否しながら、現在の右翼は何時の間にかこれが感化を受けている。資本主義は変改されねばならぬであろう。しかしながら忘れてはならぬことは資本主義の下においても、充分に社会をよりよくする方法が存在する事、そして根本的問題を目がけながら、国民は漸進的努力をたえず払わねばならぬことこれだ」
(「改革いじりに空費する勿れ」昭和11年4月25日『東洋経済』社説)。
業者はスキャン代行手数料を依頼者からもらうだけで、データを違法に販売しているワケでもないですし、誰から何を盗むのか判然としません。
大沢在昌さんは、自炊代行が海賊版横行の温床になると考えているようですが、これは客観性に欠ける意見です。
海賊版業者は自分たちで紙の本を購入して、代行業者などを使わずともどんどん海賊版を作れますので。
事実、海賊版は自炊という行為が一般化するはるか以前から存在します。
アジアを中心とする海外では特に深刻です。
ならば、紙の本こそが海賊版の温床と言うべきです。
紙の本にはDRM(著作権保護機能)がついていません。
12月16日 金曜日 雪
亡父、命日。鹿児島からの移動中に、どじょう首相の「原発事故収束、冷温停止」と云う発言を知る。こみ上げてきたのは怒りでも、哀しみでもなかった。彼らならそう云いかねん、そう無意味な覚悟をしていたこともある。ただ僕は先日福島で、ハンディーを抱えたたくさんの子供たちに会って、「この子たちに嘘だけはついたらいけん」と何故か博多弁で強く思っていた。政治家がどこまでも苦しんでいる福島の人たちをコケにするのなら、そうではない、本当に思いやりのある人たちを増やしていく、それが自分の役目だと僕は思う。
どういう形であれ「ノイズ入り音源を売る」という発想が既に頭おかしい。
不可聴音域だからって、たとえばアナログ盤は音が豊かだと言われる鍵はその部分にあるわけで、全く何も音質に影響ないとは言えないと思うんだけど。それに、正しく音源を買ったところでこの設定された帯域全体を常に正しく再生できるオーディオ機器やリスニング環境でなければノイズは可聴化するということで。要するにまた「正しく購入したリスナー」に皺寄せを持っていく形のアレですよ。
ということで、一世一代の糞施策CCCDにかなり近いし、あれは各社もかなり懲りていたはずなので、さすがに今回のも商品に採用はないと思いたい。これが商品化されたとしたらもう、業界の上の方丸ごと一人として正気の人間はいないという判断をしなきゃいかんわ。守るべきを守りたいということはわかるけど、そのための方針がすべからくメチャクチャだったり過剰だったりするなら、それはいわばモンスターペアレントみたいなもんだもの。まあ、そういう状態になったらそれこそモンスターペアレントと同様、周りから何を言われたところで聞く耳持たずに被害者面ということになるので、どうしようもないんですけど
会見で、弁護士さんの一人によって、生活保護の問題を解決するには、高齢者や障害者への年金の充実や最低賃金の引き上げ、雇用保険のウイングを広げることなど、あらゆる分野での制度の充実が不可欠であることが語られた。
そんなことを言うと、「財源はどうする」という突っ込みが入るだろう。しかし、今、205万人が、この制度によって命を繋いでいる。他にないのだから、「切れ」ということは「死ね」と同義だ。
最後に、「不正受給」の問題にも触れておきたい。09年度の不正受給世帯は1.54%。適正利用世帯は98.46%。生活保護費の額にすると不正受給は0.33%。マスコミでの「不正受給」報道などから、もっと多いと思っていた人は少なくないと思う。もちろん、不正受給は問題だが、たった1.5%の人のせいで205万人の生存権が切り崩されるようなことはあってはならない。
この日、Aさんは分厚い書類の束を持参して会見で見せた。自らが生活保護申請をしてから決定されるまでの、役所による審査の書類だ。当然ながら、生活保護は実は貯金があったり援助してくれる親族がいれば受けることはできない。そういうことを徹底的に調べられて、「本当に保護が必要」と判断された人だけが受けることができるのだ。
審査の書類は、79ページにわたっていた。そこには、Aさんが前働いていたところの給与明細やどこに勤めていて何をしていたのか、親族はどこにいるのかなど細かいことまで調べた結果が掲載されていた。
「よく、何も調べないで不正できるんじゃないかと思っている方がいるようですが、これだけのきちんとした調査がなされた上で決定されているんです。これだけの調査をされて不正をするというのは、普通に生きてきた人ができることではないんです」
Aさんは言った。
生活保護を受けるにあたっての調査の資料を初めて目にした私は、その分厚さにただただ驚いた。こんなに徹底的に調べてるんだ、と。裏を返せば、現在、それだけ調査されても「本当に何もない」と判断された人が205万人もいるということだ。貯金、援助してくれる家族、仕事、収入のあて。




